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カッコウの卵は誰のもの   東野圭吾

カッコウの卵は誰のものカッコウの卵は誰のもの
(2010/01/20)
東野 圭吾





試しに登場人物の相関図を書いてみた。
旧約聖書の始まりほど複雑ではないにせよ、いやなかなかのものだった。
入り組んだ構成を非常に読みやすく、ページをめくる手を止めさせない東野圭吾の力技。脱帽するしかない。

運動選手のDNA研究とか、実際に現実でもやっていそうな気がする。
物語はそんな内容から始まる。
スキーでオリンピックを狙う娘に隠している事実がある父は、この遺伝子研究を持ちかけてくる機關にいい顔をしない。なぜならば娘とは血が繋がっていないからだ。もっとも父の方もスキーヤーではあったのだが。
やんごとなき事情でそんな事実(娘とは血が繋がっていない)を知り苦悩する父親。
そんな時、娘の実の父親と思われる人物が現れる。そしてバス事故でその人物は命を落としてしまう。これは殺人なのか。だとしたら、誰が、何の目的で。娘に真実が暴かれる時が来るのか…。

車谷長吉が云っていたように小説家は罪深いもの。
いろいろな人物を作中とはいえ殺すことになる。いくらフィクションでも気の毒になってくる。
というのも、人物の造形がやはり巧いのだろう、東野圭吾は。よくドラマや映画になっているのも影響しているのかもしれない。
それにしてもひとつ、僕は作者に一言いいたい。
もういいかげん頻繁に美少女を作品中に登場させないで、と。
映像化への迎合に思えてくるのだ。
演ずる女優が目の前に浮かんでくることもある。これは小説を読む上で、ひどい邪魔である。

適切な世界の適切ならざる私   文月悠光

適切な世界の適切ならざる私適切な世界の適切ならざる私
(2009/10)
文月 悠光





(あとがきより)
“あこがれ”が「何となく」かたちになってしまうのを感じるとき、そこから一歩後ずさることが、私の自然である





これは詩集です。詩人はまだ若い。ここにおさめられている詩の数々は14〜17歳の間に書かれた作品であるという。
おそろしいと感じた。
若いからこそ書ける詩がありましょう。けれど彼女の場合年齢なんか超越しているような気がする。
私がおそろしいと感じたのは、若いのにこんな詩を書けるなんて...という率直かつあきれるくらいに当たり前の思いからだった。
天賦の才を持つ絵描きのように、または小説家のように、文月悠光もまたきっとそれを持つ者なのでしょう。

まったくの余談だけど、20年以上前、文月詩雨という詩人の詩集を持っていた。とても好きな詩集だった。
この人は今どこで何をしてるんだろう。苗字が同じだったので思い出したのでした。

発光地帯   川上未映子

発光地帯発光地帯
(2011/01)
川上 未映子




そして、一番年上の人が『千の風になって』という「わたしが死んだらお墓はいりませーん」という内容の歌をうたって…





相変わらずの川上節に安心感を覚える。
今回のエッセイは食に関する内容が多いように思え、読み進むと、食に関するエッセイを、という話だったらしい。どうりで。

まあ、いいんだか悪いんだか、何も足さない何も引かない川上未映子がそこに、居た。どうしても彼女の著作を手にとってしまう僕はひょっとして彼女のことが好きなんだろうか。
考えこんでしまうところだ。